Taboo
私が翻訳している箇所もあり、長い間かかって一生懸命調べ上げたデータでもありますので、サイトやブログ、ウィキペディアなどへの丸写しはご遠慮ください。
名前 : Taboo (タブー)
本名 : Jaime Luis Gomez(ヘイミー・ルイス・ゴメズ)
生まれ : アメリカ、カリフォルニア州ボイル・ハイツ
育ち : アメリカ、カリフォルニア州ロサンジェルス郊外のローズミード
誕生日 : 1975年7月14日
星座 : かに座
身長 : 180cm
名前の由来 : 1876年、「リトル・ビッグホーンの戦い」という、
インディアンと白人による戦いで活躍したインディアンの戦士、Tabooh Nawashaの名前からという説もあるが、
タブー本人は、ハイスクール時代に名付けられたと話している。 メキシコ系生徒のみが通うハイスクールに通っている時、
ヒップホップが好きで、黒人のファッションを真似たり、 黒人女性と付き合っていたら、
周りから「お前は何で黒人みたいな事してるんだ。そういうのはタブー(禁止)だ」と言われ、
「俺はタブーな人間だ。一生タブーな奴でいてやるよ。」と発言した事がきっかけになったとか。
ルーツ : メキシコ系ネイティヴ・アメリカン、インディアンのルーツはショショーニ族。
Tab Magnetic : 故郷のローズミードで、Tab Magnetic School of Artという、
ブレイクダンスや格闘技、音楽などを地元の子供達に教える非営利プログラムを設立。
ペット : 柴犬のチーフ、猫のマギー
言語 : メキシコ人の多い地域で育ち、家でスペイン語を話しているので、スペイン語はペラペラ。
子供 : 長男の名前は、ジョシュア。 93年生まれで、前に付き合っていた黒人女性との間の子供。
タブーが17歳の時に生まれた。 最初は母親に親権があったが、レコード会社から貰った初給料で親権を獲得。
また、06年に結婚した妻のジェイミーとの間の息子、ジェイレンが2009年7月20日に生まれ、
2011年4月26日、三男のジャーニーが生まれ、2016年2月24日に長女のジェット・ジュリアナが生まれた。
妻 : ジェイミー・ディゾンと2006年に婚約、2008年7月12日、カリフォルニア州パサディナ、
セント・アンドリュース・カトリック教会で結婚式を挙げた。 ウィルとアップルは新郎の付き添い人を務め、
ファーギーもジョシュ・デュアメルと一緒に式に出席、 新郎介添人は、タブーの幼なじみで、マネージャーのポロ・モリナが務めた。
好きな食べ物 : チョコレート・チップス、ビーフステーキ、マカロニ、チーズ、
ガメサ・アルファベット(アルファベットの形のパスタ)、目玉焼き乗せチキン炒飯。
靴 : 靴を買うのが大好きで、自分の事を「靴中毒」と言っている。
憧れのスーパーヒーロー : GIジョーに出てくるスネーク・アイズという忍者。格好やミステリアスな雰囲気に影響を受けている。
神秘主義者 : 『彼は何者?』的な神秘主義が好き。皆に自分の事をミステリアスに捉えてほしいとの事。
好きなヒップホップ・グループ : ア・トライブ・コールド・クエスト、デ・ラ・ソウル、ブラック・シープなど。
ジークンドー : 12歳の時、友達のお父さんにジークンドー(ブルース・リーが1960年代に提唱した武術)を 習って、
ダンスに取り入れるよう薦められた。
ドラッグ中毒 : ドラッグ中毒になった時、ウィルにショッピングへ行こうと嘘をつかれ、無理矢理、更正施設に入れられた。
息子のためにも立ち直る決心をし、BEPメンバーにも助けられたそうだ。 だが、2007年3月27日に軽い交通事故を起こし、
マリファナ摂取の状態で運転、またマリファナ所持で逮捕された。 結局、無罪になったのだが、公式サイトのタブーの書き込みで、
煙草、酒、気分を変化させる全ての薬物を やめる事を決意、今はシラフの素晴らしい日々を送っているとコメント。
トレードマークだった長髪もばっさりカット。
好きなアクション映画 : 片腕カンフー対空飛ぶギロチン
マーシャル・アーツ : 武道関係のものは何でも好きで、「ストリート・ファイター」、「鉄拳」、「モータル・コンバット」などの
格闘ゲームが好き。 忍者や、ブルース・リーの映画も大好き。 武道関係なら何でも、自分の一部みたいなものだと話している。
BEPのビデオやライブでは、必ず武道を取り入れるようにしている。 ドラゴン・フェスティバルや、アナハイム・フェスティバルなどの
大規模な武道コンベンションにもよく行っているらしい。
精巣がん : 2017年に、ステージ2の精巣がんで手術を受け、闘病していたことを告白。
2014年に体調が悪くなり、検査し、がんとわかった翌日には手術を受けた。手術後、12週間に及ぶ化学療法を受けることになった。
そんな彼を、家族やウィルらがしっかりと支えてくれたという。 「家族やグループのみんなはショックを受けてしまってね。
でもウィル・アイ・アムは素晴らしいお医者さんに連絡してくれて、その人が俺の治療方針の決定に力添えしてくれたんだ。
まさに時間との闘いだったね。」 しかし闘病中もタブーは音楽活動を続けたとのこと。時には「もうダメだ」と弱気になったが、
同じような症状と闘った人々にインスパイアされて力を振り絞ったという。今のタブーは「自分の話を人々に聞かせたい」
「自分がインスパイアされたように、他の人達のこともインスパイアしたい」と心から願っている。